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ドコライフ別宅

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2016年 03月 14日

干戈 0037

裕子と玲奈が、行円と照慈の隣の席に案内された、まさにそのとき、地が揺れた。

レストランの外の通りを猛風が吹き抜けた。紙クズだけではなく、街路樹の木の葉が

一斉に吹き飛ばされて木枯らしに枯れ葉が舞うような光景になった。直後に、

地の底から響くような鈍い音がした。裕子は、隣の席の僧形の二人が同時にホテルの

玄関へと走り、通りの様子を見たかと思うと、すぐさま、席に戻ってきて、裕子に

尋ねた。

「日本の方ですよね?ここへは、車で来ましたか?」

切迫した状況にも関わらず、行円の声音は物静かで季節の挨拶でもしているような

軽さと非常に重要な事柄の授業でもしているかのような思わず集中させてしまう力を

持っていた。

「はい。レンタカーをホテルの駐車場に入れてます」

「落ち着いて聞いて欲しいのですが、緊急な事態が発生しました。とにかく、

すみやかに、この場から避難しなければなりません。しかも、より遠くへ

できるだけ早く逃げる必要があります。外国人である我々は、どこかで足止め

される可能性も考えられるので公共交通機関よりも車を使う方が圧倒的に

状況対応が容易です。そこで、厚かましいお願いであることは承知してますが、

我々をあなたの車に同乗させていただけませんか?」

続いて、朝食を摂ることはあきらめて、すぐさま、チェックアウトすること。

荷造りに手間取るような荷物が、もしあるなら、持って行くことをあきらめること。

荷物を運ぶための助手として照慈を使えばいいことなどを半分は部屋に帰る

エレベーターの中で説明された。

「ホワイトハウスが爆破されました。核兵器が使われた可能性も否定できません」

それが、緊急事態の正体だと教えられた。



# by dokofuku | 2016-03-14 23:19 | 干戈
2016年 03月 13日

干戈 0036

BMKコーポレーションが三ヶ月前に工事を完了したハリスバーグでの調査を終えて、

行円と照慈は次の対象の美術館工事を調査するために、昨夜、ワシントンD.C.の

ホテルに入った。この工事も、すでに半年前に完了してしまっている。

裕子と玲奈のドライブ旅行は、驚くほどの成果をあげた。玲奈とは日常会話なら

不自由なく交わせる関係を築くことができたのだ。結局、2週間でドライブ旅行を

いったん終えてフィラデルフィアに戻ってきた。旅行中のデータ解析を囲んで

マイケルと彼のスタッフ、裕子は、綿密なカンファレンスを繰り返し、次の段階に

進むことを決定したが、まだ、治療のためのカウンセリングは始めない。

裕子以外の他人との時間を持つという試みに取りかかる。むろん、裕子が常に

付き添う。玲奈と何を始めるかについて話し合った。木炭デッサンは?何か楽器の

演奏を習う?語学学習とか、いっそ、数学は?

結局、ダンス教室に通うということになった。うーむ。私の体力は耐えることが

できるのかと、裕子に不安がないでもなかったが、玲奈と一緒にダンスレッスンを

受けるしか選択肢はない。

「ダンス教室なら、ワシントンD.C.に姉が通っていた教室があるよ」

と、マイケルの一声で、まずは、お試しレッスンを受けてみることが決まった。

レッスンを受ける日の朝、朝食を食べるためにホテルのレストランに降りていくと

「あら?日本人かしら?お坊さんのようね。ひとりは、玲奈さんと同じくらいの

年じゃない?」

# by dokofuku | 2016-03-13 23:31 | 干戈
2016年 03月 12日

干戈 0035

「そのテロ計画を阻止するためにアメリカに行くというのじゃな?」

「はい」

「ところで、阻止する手立ては整っておるのかな?」

「いえ。ほとんど手がかりがないのですが、唯一の手がかりが、現地責任者の

氏名なのです。この人物の足跡をつかんで計画の概略を知ることにつなげようと

思っております。また、この人物の周辺にいる人物を調べて、所在がわからなければ

計画に携わってる可能性が高いということになります。もうひとつの切り口としては

この人物がアメリカ国内で協力を得ることが出来る企業が見つかれば、計画の全貌を

知る糸口になる可能性もありますが、何よりも、現地責任者がどこにいるのかを

突き止めるための手がかりが得られるような気がするのです。テロを阻止するために

もっとも重要なのは、どこで行われるかであり、何が行われようとしているかを

知ることは二番目だと思っています。この計画が発注されたのは、2年以上前です。

いまだに、それらしきテロは起きてませんから、いまだにテロは準備段階にあると

考えられます。じっくりと準備を進めているその場所は、協力する企業が提供したと

私はにらんでいます」

「うーむ。ちょっと絞りすぎのような気がするのじゃがの」

「はい。この計画の依頼主は、なぜ、AQAP を雇ったかを考えることも手がかりに

なると思うのです。AQAP がアメリカに持つ場所とかコネクションとか、テロ計画に

利用できる何かを持っていて、それを目当てに、AQAP を雇ったというセンに山を

掛けております」

「ハッハッハ… 学生時代は、山掛けの名手だったと言ってたな」

「はい。今でも最大の取り柄です」



# by dokofuku | 2016-03-12 21:39 | 干戈
2016年 03月 11日

干戈 0034

朝食の席で、行円から、いったん帰国することになったと告げられた。報告が済めば、

今度はアメリカに向かうという。

「道主様から、お許しがあれば、お前も一緒に来るか?」

「はい。もちろん、お供したいと思います」

イエメンから来た二人のウラマーが行円に託したのは、過激派がアメリカで起こそうと

しているテロ計画の阻止だ。しかし、単純にアメリカ当局の力を借りて阻止すればいいと

いうことでもない。むしろ、テロ計画を阻止することよりも、その計画にイエメンの

過激派がからんでいることが知れなければベターなのだ。この計画は、元々、非常に

胡散臭い。計画のために莫大な資金が流れ込んできているが、その金の出所は、どこを

どう調べてもわからない。

「ご存じのように、イエメンでは、新政権、ホーシー派、AQAP(アラビア半島の

アルカイダ)が三つ巴になって内戦状態にある。このテロ計画の話を AQAP に

持ち込んだ者が、この内戦を何らかの方向へ導こうとしているというようなものでも

ないらしい。あくまで、アメリカでテロを行うというだけのもののように見える。

テロを実行するために、AQAP を雇ったとでもいうようなのだ。しかし、ひとたび、

実際にテロが起きて、AQAP が関わっていることがわかれば、むろん、アメリカは

黙っていない。それが、一番心配なのだ。せめて、今回のことを背後で操って

いるのが、どこの誰なのかが解明できれば、打つ手があるのだろうが…」

それは、決して「せめて」ではない。誰かが何かを計画したからといって、その誰かの

意図通りに計画が進むなどということはない。

# by dokofuku | 2016-03-11 22:38 | 干戈
2016年 03月 09日

干戈 0033

一週間後の朝の食卓に、行円はいた。モンゴル系の男は姿を消した。二人が昨夜、

入れ替わったことに、照慈は気づいていた。一週間の間、ナザロフは毎日のように

出かけて、昼間はアパートでモンゴル系の男と二人だけで過ごすことが多かった。

男は主に中国語をしゃべり、照慈が聞きとれなかったり意味があいまいな部分を

説明できる程度には英語も使えた。せっかくなので、実際に中国語を学ぶ絶好の

機会と考えて、なるべく男とは中国語で会話した。男は新疆ウイグル自治区から

来ていた。

「我々は、モンゴル人の中でもオイラト族であり、歴史的にも心情的にも、チベットに

近い。だからこそ言えるのだが、ウィグル族とチベット族の共闘は絵に描いた餅だ。

といって、オイラト族は、ハリハ族のモンゴルに帰属することもできない。もちろん、

このまま漢民族に支配されるのは、ガマンならない。宇宙人に連れ去られた大統領が

いた国に移住することもできないしね」

男は、ひっそりと笑って話をしめくくった。宇宙人に誘拐された元大統領とは、

カルムイク共和国のキルサン・イリュムジーノフという世界トップクラスの富豪だ。

男から見れば、照慈は少年であり、政治や民族の話をそれ以上することはしなかった。

それよりも、タクラマカン砂漠や、天山山脈、崑崙山脈が形成する大自然について

多くを語った。話がパミール高原のカラクリ湖に及んだときには、照慈もチベット僧に

会いに行ったときに通りがかった場所なので大いに話がはずんだ。

# by dokofuku | 2016-03-09 23:56 | 干戈